通勤電車での思わず笑ってしまったこと

いつもの通勤電車でのことです。ビジネス街を通る地下鉄ですので、サラリーマンが当然のように大勢乗車しています。それ故、平社員から、重役まで、様々なサラリーマンが乗っています。

 

ある日のことです。帰りの満員電車の中でした。近くに、いかにもどこかの会社の偉い人という感じの人がいました。その向かいには、珍しく、土建業者の作業服を着た金髪の、とても上品で温和とはほど遠い方がおられました。偉い人という感じの方は、どこかの重役でしょうか。50歳位の人ですが、同年代の方が敬語で話しかけていました。そして、2駅目くらいでその連れの方が電車を降りられ、重役らしき人は一人になりました。

 

向かいには、金髪の作業服を着た人です。しばらくして、電車が少し揺れました。重役の人は、金髪の人に肘がわずかにあたりました。金髪の人は、少し表情が険しくなって、睨みました。重役の人は、それに対し「ああ、失礼」といかにも、自分が重役で会社にいるときと同じような言い方で返しました。ある程度の規模の会社の重役とはそのようなものなのでしょうか。会社から一歩でも出たら、一般人と変わらないのに、本人は、常にとこにいても偉い人という感覚でいるようです。そして、金髪は、その物言いに腹が立ったのでしょう。更に、睨みがきつくなりました。そこで、重役も気づいたのか、目を反らしてつり革を持って、この場に居づらいといったようすになりました。

 

悲劇は、その後です。電車がカーブを曲がると同時に大きく揺れました。いつも、揺れるところなのですが、その日に限って、運悪く、いつもより大きくです。

 

そのはずみで、重役は足腰が極端に弱いのか、つり革につかまっているのも関わらず、転びそうになりました。そして、そのはずみで、つり革を持っていた手が離れ、握ったままの手が金髪の二の腕にあたりました。そうです。簡単に説明すると、重役が金髪の腕にパンチをしたようになったのです。

 

金髪は、一瞬、何が起こったのか分からないようすでしたが、状況を把握すると、重役の手を掴み、今にも殴りそうな怖い形相で睨んでいます。重役も、さすがにこれはヤバいと思ったのか、「失礼」などと、上からの物言いはできません。そのときです。次の駅に到着しました。大勢の人が降りるために移動し、その動きで金髪に掴まれた重役の腕が離れました。そして、重役はその隙をつくかのように、おそらく目的でないだろう、その駅で電車を降りて早足で人混みの中に消えて行きました。

 

この方々には、悪いとは思いながら、終止、観察していた私は思わず笑ってしまいました。

奈良公園で仏様にあってきました

このあいだ、奈良公園に5歳の息子を連れていってきました。東大寺ミュージアムという博物館ができて、仏様を近くで拝めるんだそうで、不空羂索観音立像と日光・月光菩薩を拝みに行こうと思ったのです。電車を乗りついで1時間半かかりましたが、電車に乗るのは好きなうちの息子。奈良駅でせんと君と記念写真をパチリ。しばらく行くと、お腹がすいたというので、とりあえずおにぎりを休憩所で食べさせました。公園内は鹿がうろうろしているので、ベンチで食べ物を出したりすると、鹿がたかりにきて怖いんですよ〜。

 

 

 

平日で、正倉院展は終わっているし、もみじも終わりだし、奈良公園はすいていました。東大寺ミュージアムは先月オープンしたばかりということですが、ここもすいていました。お寺の中で拝観する感じとはだいぶちがって、博物館のガラス越しにはなるが、十分明るいし、仏様がよく見えた。小声で不空羂索観音さんは、手がたくさんあって、君が川に落ちたりしたらすぐに助けにきてくれる仏さまだ、というようなことを説明してやると、息子はうれしかったらしく、「この仏様が一番好きだ」と言いました。私は月光菩薩の優しいお顔とお姿にも心が洗われるような気がして、しばし二人で仏様の前でぼーっと座っていました。

 

 

 

小さいときから、お寺と神社さんに一緒に行っては、「ごあいさつ」をするのが習慣になっていて、彼なりにお寺と神社さんは大切なところで、静かにお祈りをするところだということはわかっているらしい。この日は息子が、「このほとけさまが好き」と言ってくれたのがうれしかったです。神社仏閣参りは私の趣味のようなものだけれど、その感覚を共有してくれた感じがしたのでした。

お気に入りの1枚のための投資

80歳になる母は、70歳を過ぎてパソコンを覚え、何年もかかってメールを覚え、インターネットを覚え、最近やっとネットで買い物ができるようになりました。

 

 

 

母は昔から下着を買うことが好きで、デパートへ出掛けては下着を買い、カタログ通販の雑誌を見ては下着を買い、あげく、「気に入らない」の一言でタンスのコヤシになっています。

 

 

 

最近、ネットで下着を探す方法を覚え、簡単に購入できてしまう便利さも母の物欲に拍車をかけ、次々と下着を購入しています。「ネットは変わったデザインがあるから楽しいね」などと、いかにも「つう」のような発言まで飛び出す始末です。

 

しかし、現物を見て購入しても「気に入らない」のに、ネットの画像だけで気に入るわけがありません。

 

買っては「気に入らない」、買っては「気に入らない」の繰り返しです。

 

 

 

わたしはネットオークションで不要品を出品しているので、母は「気に入らない」下着を大量にわたしに送って来ます。わたしとしては売る商品が増えて有り難いのですが、あまりの量に母の財布事情も心配になって来ます。

 

ついには、先日送って来た商品と全く同じ商品を母はまた送って来ました。つまり、前に自分で購入した商品を、気に入らなかったことも忘れて再度注文しているのです。

 

 

 

数日前、わたしは母に「いいかげんにしときなよ」と電話をしました。すると母は嬉しそうな声で「やっと気に入った商品がみつかったから、もう買わない」と。

 

 

 

気に入った1枚の下着をみつけるために、一体何枚の下着が犠牲になったのでしょうね。

 

母には呆れます。